NPO法人ニュースタート事務局関西

VOICE

ほんの少しの喜び

今日,前から参加している「ニュースタート事務局関西(以下NSP)」の会議で,朝早く京都から高槻へ車を飛ばして,噂の「ドミトリー」へ.
  ここは悩みを抱えている若者たちの社会復帰を手助けするための活動の一環として設置された「若衆宿」で,いわば合宿所みたいなものなのだが,NSPの運営会議や「鍋会」と呼ばれる交流会もここで開かれる.また将来的には,若衆宿と併用した形で「事務所」と化すことも決定している.

 普段は,こういう関連の活動は,駅近くまでは車で移動して,そこから電車という形をとるのだが,今日はドミトリーに納品しなければならなかったので車で行くことに.
  京都から高槻へは「国道171号」を使う.京都の西大路通りから向日市や長岡京市,大山崎町を経て大阪へ向かう.途中,名神高速や阪急沿線,淀川沿いなどを走る.今日は朝からかなりいい天気で,窓全開で走っていても気持ちイイほどの陽気でした.

 さて,なぜこんなことを書いたのか? いや実は今日,171号線を走っていて昔のことを思い出したからだ.そしてこのことをどうしても書いておきたかったのだ.

 今から11年前.高校を卒業した俺は「別れ・裏切り・絶望・敗北」などのいろいろなことが起こり,かなりの人間不信に陥って一ヶ月ほど今で言う「引きこもり」のような状態になった.
  高校の卒業式が終わった3月1日.友人達との別れを最期に,しばらく「自分」という人間がわからなくなった.
  それまで,お世辞にも「優等生」ではなかったが,それでも真面目に生きてきた.真面目であったが故に挫折の際に受けた傷の癒〔いや〕し方を知らず,また,多くの別れもあって人に頼ること(実際はできたのだが)も忘れてしまった俺は,全く先が見えなくなった自分の人生に,「絶望」という暗闇しか見えなくて,考えても頭も働かない,ただ起きては寝るだけの毎日を送っていた.

 何か言われても「ふ〜〜ん」くらいなもので,心の中では何も響かない,流れ作業の毎日を過ごしていた.ギターを持って音楽に目覚めたりするのはまだまだ先の話で,本当に「人生に対するヤル気」を失っていた.

 それでも,窮屈な毎日に嫌気もさすので,タバコを買いに行ったり,誰かに会いにいったりもしていたのだが,なにぶん,そのあとの「虚しさ」に襲われては,部屋でうつむくだけだった.

 それが一ヶ月を過ぎ,街には4月が来て新しい季節が始まろうとしていた頃,朝目覚めてふと窓の外を見た俺は,動き出している季節の変化に気付いた.
 
  それまで陽も低くどんよりとしていた空は,徐々に青空が映えるようになっていた.
  枯れ木だった部屋の窓から覗〔のぞ〕く無数の大木には,緑がつき始めていた.
  部屋の窓の網戸には虫達が張り付いていた.
  花に誘われるように蝶が真っ直ぐ飛ばない,ひねくれリズムを奏でていた.
  家の猫は暖かさに酔い,日向〔ひなた〕で気持ちよさそうに眠っている.

 こんなごくごく当たり前のことが新鮮に映った.時間が動いていることは時計以外では感じられなかった俺が,初めて体で時間を感じた.
 
  思えば,「真面目」に生きようとするが故に自分に妙なレッテルを貼って,本音とは全く違う自分を演じていた高校生までの俺は,そういったごく自然な美しさや時間の流れにも気付かないほど,ガムシャラだった.それゆえに,「そうやって生きていた」ら手に入ると思っていた数々の栄光が手に入らなかった時,俺は全てを認めることが出来ず,「引きこもって」しまった.
  全てを人のせいにして,自分の過去の行いを認められずに悩んでいた.そんな自分は「偽り」の自分だったのに...

 それを感じた俺はいてもたってもいられず,買ったばかりのマウンテンバイクに乗って春を感じようと思って家を出た.目標の場所は,かつていっしょに働いていた人が人事異動で配置されていた向日市のお店.

 まだ「免許」というものを持っていなかった俺は,「疲れても明日は何もないからいいや」という何とも軽い気持ちでそのマウンテンバイクに乗って向日市へ行こうと決意.薄っぺらい財布とお気に入りの音楽の入ったウォークマンだけを持って.

 ちなみに俺の家は京都市内でもかなり北.向日市のそのお店まで約「20km」弱.それを,ただ人に会ってご飯食べるだけのために自転車で往復しようとするんだから,まあかなり物好きだわ.

 でも,それまで「何をしていいか」わからなかった俺にとってはかなり新鮮なことだった.久しぶりに自分の意志で行動を起こしたんだから.
  そして何より,それまでは「アホやなぁ」と言われるのが嫌で,体面ばかりを考えていたから思いつかなかったこのアホな行動を,何も気にせずにできたということも新鮮だった.正直,「別に言わせておけばいいや」ぐらいな気持ちだったし,初めて「やりたいこと」を実践できる喜びのほうが大きかった.

 そして俺はいざ向日市へ.171号線まで排気ガスの中,颯爽〔さっそう〕と走り,生まれてはじめて見る淀川の殺風景な河川敷にも喜びを感じて寝ッ転がってみたり,高速道路という存在をはじめて身近に感じたことにまで喜びを感じた.

 目的地に着いて目的を果たし,またすぐに家に帰ったときの,しょうもないけどとてつもない達成感に浸った俺は,ようやく自分の目指す未来がわかった気がした.

 「誰にも遠慮しないで,好きなように生きていこう」という,今追いかけている単純な未来が.
 
  それから俺はギターを握り,通信制大学に通う決意もし,バイトによって社会復帰も果たしていった.

 そしてあれから十一年.俺は今日,その当時通った道と全く同じルートで走っていた.同じように春の陽気に囲まれていた.
  あれから別れもあったし挫折もあったし,あの頃より年もとって,だいぶ変ったけど,めげることなく,あの時悟〔さと〕った「自分の目指すモノ」を忘れることなく,夢に向かって今も俺は生きている.
 
  そして今,171号線を小さな車で走りながら,あの頃を振り返られるぐらいにまでなったんだなぁ,とつくづく感じながら.

 「Deep」の歌詞にある,「窓越しに流れる〜」以降のフレーズはこのときの俺の気持ちがこもっている.奴等は何も語らないが,それでも無言で俺たちに時間の流れを教えてくれる.
  些細な喜びでも明日を支える一つの目標にもなる.

 花が咲いた,雨が降った,蝶が舞った,月が昇った,星が輝いた,雪が降ったetc...
  そんな何気ない情景の中にも喜びは見つけられるはず.そしてお前に何かを語っている.

 悩んでもいい.泣いてもいい.ムリに飛び出さなくてもいい.窓の外を見つめるだけでも何かがあるから.
 
jun