NPO法人ニュースタート事務局関西

VOICE

家庭訪問覚書

三宅崇昭
  5月6日am10:00,A君を訪問することにした.

 お母さんからは,こう言われた――
  「一度病院に連れて行ったが,二度目は先生に手紙を書いてことわった」と.また,
「先生は『今連れて来ないと,チャンスを逸する』と言っておられる」,とも.

 先生とは久徳重和先生だ.A君は斉藤環を読んで,その意見に惹かれているから,朝8時30分にきちんと起きるような入院生活はいやだ,と言っているらしい.

 斉藤環のHome Pageを開く.

 訪問指導の抱える問題というレポートがある. 斉藤環の主張することは次の点だ.

 @「訪問させていただく」という謙虚な姿勢が必要.
  A治療者自身がこれが絶対に正しいと考えはじめたら赤信号.
  Bひきこもりの当事者が自力では治療相談にいけないと決めつけている.
  Cひきこもりたい人はひきこもればよい.

 なにがなんでも「ひきこもり」を救わねば,という使命感を持っていない.こんなところに,彼の主張があるし,僕の引っかかった点だ.

 @「訪問させていただく」という謙虚な姿勢――
  これには全く僕も賛成だ.しかし,もともと僕は「訪問して話してやろう」と思っていたわけではない.お母さんもまったく困って,よくよくでなければ他人の僕にまでお願いされないだろう,と思うのである.
  僕の役割は,病院に母と一緒に行く気持ちをA君に起こさせることである.しかし,A君にとっては迷惑に違いない.自分で斉藤環を読んで何とかなると思っているのだから.

 とにかく,A君の話をよく聞いてみないと何とも判断できない.
  その前に,会ってくれるかどうかもある.会えば,自己紹介と,やってきた主旨を話さなければなるまい.

 A治療者自身がこれが絶対に正しいと考えはじめたら赤信号――
  まずもって,僕は治療者ではない.僕はこの1年間,ニュースタート関西のサポーターとして,ひたすら父兄とひきこもり経験者&当事者をリスニングすることに必死だった.僕が耳を傾けることで相手が勇気づけられたら,それでいいと思った.
  できれば父兄を中心にエンカウンターグループを作り,お互いにはげましあえるグループにしたらと思っていたが,それさえかなわぬ夢になっていたのだ.
  また,メーリングのシステムを有効に活用することを考えついたが,これは小川さんたちがホームページを作ってくれて前進しつつある.

 こんな具合に,僕は治療者ではない.

 しかし,僕に出来ることもあると考えた.それは,現在跋扈している各種の「ひきこもり主張」のコンセプトを受けとめて,何がいちばん解決になるかを提示し,主張することだ.

 この主張はこの間の僕の努力の成果だ.エコノミストとして経済や社会状況から個体をとらえなおそうという僕の方法論の成果であり,多くの理論を比較してその中から一つの概念を取りだそうとする僕の方法論の成果である.
  その観点から,久徳重和,森下一両精神科医を,僕は支持している.ある仮説に基づいて現実を分析し,また,仮説を修正するプロセスの一つである. だから,今,僕は僕で正しい仮説理論を立てなければ,何も出来ない.久徳重和,森下一理論は,ぼくの今までの体験・世界観と一致する.僕はこれを支持する.

 Bひきこもりの当事者が自分では治療相談に行かないと決め付けている――
  僕はまだ,そうは思っていない.当事者が自分で判断して,いかないと決めているから,『そうではないよ.行かなかったら,またひきこもりから抜け出す機会を逸するよ』と,A君に言いに行くのである.
  でも,何故そういう判断をしたのか知らない僕に,納得のいく話をA君がするなら,僕は引き下がるしかない.

 Cひきこもりたい人はひきこもればよい――
  それはそうであろう.
  しかし,ひきこもっていたい人,本当にそのまま引きこもりつづけていたい,という人がいるのだろうか? 親は心配しつづければ,それはそれで構わないのか? 40歳になるまでひきこもりつづけられるのか? 一生涯ひきこもりつづけられるのか? 年齢が行けば行くほど,ひきこもりから抜け出せないというではないか.A君も28歳.もうすぐ29歳になるという.決して若いとはいえない.自分がやりたいことも,本当はあるだろう.

 ひきこもりたい人はひきこもればよい.
  それは,当事者を暴力的に引きずってでも,社会生活に戻そうとしてはいけない,という意味に解さなければならない.

 「ひきこもり」を救うなどという大それたことは,僕たちには出来ない.しかし,それを「痛む」ことはできる.
  家庭訪問するということは,僕もまた,重い重い荷を背負いに行くことだ.

 これは,自分の問題だ.うまくいかなかったら,僕は僕で,大きく傷ついてしまう. 試された自分が無力であることをはっきりと知るからだ.


三宅崇昭サポーター会議サポート会員